足尾町散策
(14)7月25日 大暑
1. 地蔵滝
日足トンネルを抜けると、いつも以上に大きな滝の音が耳に飛び込んできました。今日の滝は想像以上に水量が豊富です。青葉に覆われたみずみずしい岩壁を見ると久しぶりに郷里にやって来た安心感で気持ちが満たされます(写真:2026/07/25)。
2. 臭木で休むまだ赤くない赤トンボ
クサギのつぼみで休むアキアカネを発見。静かにカメラを向け、シャッターを切りました。
掲載写真のトンボは胸部側面の模様から おそらく足尾で夏を過ごしているアキアカネで、街に下りる頃は鮮やかな赤色になっているでしょう(写真:2026/07/25)。
☆
クサギ(臭木):花期は7月〜9月で、白い花が咲く。花が散ると10月〜11月には赤い萼が開き、青い実がなる。変態する昆虫のようにクサギは人の目を惹きつける植物です。
3. 残った旧神子内橋の橋台
旧神子内橋の上部構造が解体され、残った橋台を写しました(写真:2026/07/25)。
旧神子内橋は、アーチ形を組み合わせた構造と、渓谷の自然とが互いに融合した美しい橋でした。
☆
旧神子内橋:柏木平地区を流れる神子内川に、昭和9年~10年(1934年~1935年)に架設された。鉄筋コンクリートアーチ橋で、アーチリブの上の縦長鉛直材の上部もまたアーチ形で、そして高欄も小さなアーチ型の窓が開けられていました。
4. トーテム ポール 旧神子内小学校
校庭の南端に人知れず立っていました。それは神子内小の児童達の作品、トーテム ポールです。
動物の顔などが彫刻されたインパクトのある、とても芸術的な作品のトーテム ポールです(写真:2026/07/25)。
☆ 旧神子内小学校:明治8年(1875)に「足尾小学校神子内分校」として開校、昭和59年3月23日、児童4名にて休校式を迎えました。
5. 足尾の夏空は 凌霄花 がよく似合う
原地区 井戸ノ沢のほとりに咲くノウゼンカズラ。電線をも越える勢いで、真夏の空に向かって咲く凌霄を写し留めました(写真:2026/07/25)。
☆ 凌霄花(のうぜんかずら):つる性の落葉木で、垣根や庭木にからみながら這い上がる
☆ 凌(しのぐ):「困難や苦境を耐え抜く」を意味する
☆ 霄(そら):「大空や高い空」を意味する
☆ カズラ(葛):つる性植物の総称
6. 宝篋印塔
原地区 西禅寺境内に建つ印塔は、八代将軍徳川吉宗の時代寛保3年(1743)に造られたそうです。
逆光で黒く浮かびあがった宝篋印塔のシルエットに神秘を感じ、これからも末永く残ることを祈念しつつ、シャッターを切りました(写真:2026/07/25)。
境内の背後には井戸ノ沢砂防ダム(透過型砂防堰堤)があり、区域内は砂防指定地になっています。
☆ 宝篋印塔(ほうきょういんとう):墓碑塔・供養塔などに使われる仏塔の一種。
7. 原小学校
校庭の端に、歌碑があります。この石碑は、地域の歴史と文化を象徴する存在として現在も大切に保存されています。
校歌 (昭和30年制定)
岡きよし 作詞 覚張幸雄 作曲
〽 あしたうららかに 空澄みて
緑の山に登る日を 仰ぐ瞳の清らかさ
友よ六とせをむつみあい 明るく素直に学ぼうよ
輝く原の小学校
足尾の真夏の青空を、歌碑の傍らから見上げて撮りました(写真:2026/07/25)。
☆ 原小学校:明治6年(1873)開校。平成7年(1995)には児童数10名に減り、平成8年に123年の歴史に幕を閉じた。
8. トロッコわたらせ渓谷4号
原地区の渡良瀬川左岸を走るトロッコ列車(列車番号8722)。
青々と葉の茂った木々が並ぶ わずかな隙間を狙ってシャッターを切りました。ベストショット(写真:2026/07/25)。
☆ トロッコわたらせ渓谷号:トロッコ車両の天井に約12,000球のLED電球による青と白の星空をイメージしたイルミネーションが
“草木トンネル内” で、約10分間点灯します。トロッコ列車に乗ってどうぞお楽しみください。
9. 銅親水公園
平成8年(1996)に完成したこの公園には「足尾環境学習センター」があり、足尾の歴史、環境問題等を学ぶことができます。
ダム下流に位置する美しい斜張橋 “銅橋” を中央に配置し、シャッターを切りました。
桜の葉が青々と生い茂る 足尾の夏を謳歌する写真になりました(写真:2026/07/25)。
10. 黒カモシカと白カモシカ
“ 銅(あかがね)橋 ” の欄干には、銅山のシンボル “アノード板”
の形をした額縁に、足尾町の町獣ニホンカモシカと町樹木シラカバの透かし彫りが施されています。
夏の強い日ざしが創り出した黒いカモシカと、白いカモシカの対比がおもしろくシャッターを切りました(写真:2026/07/25)。
☆アノード板:足尾製錬所での完成品が、アノード板(銅の品位約99%)である。電気分解の陽極板という意味で「アノード板」と呼ばれ、その形から「耳銅」とも呼ばれた。
11. 赤倉 弁天様
明治42年4月吉日建立の祠が、古河橋の近くにあります。良質の清水が湧き出ることから、水神様として奉納されたと言い伝えられています。
改修された台座には “赤倉弁天水理組合 昭和60年12月吉日” と刻まれています(写真:2026/07/25)。
☆弁天様:弁才天、弁財天、弁天様
は、同じ女神を指す表記の違いで、弁才天は正式名称、弁財天は財福を強調した日本独自の表記、弁天は略称。弁天様の起源は古代インドの女神サラスヴァティーに遡る。サラスヴァティーは河や水を司る女神。水の神として水辺に祀られることが多く、七福神の一員としても知られる。
足尾の町ありがとう